考えつくままの

美しい嘘をつき続けたい

追憶

懐かしい気持ちに浸りたくて(あるいは全く寝付けなくて)深夜に小学校へ行ってみました。

8年ぶりくらいかしら、あの教室はどんな感じになっているのだろう、とワクワクしながら暗い通学路を歩いていきます。深夜の通学路は朝よりも複雑です。私のような人間が深夜に学校へ忍び込むのを阻止しているのです。朝にはほぼ一本道ですが、夜は細い隘路を通ったり、人の家の庭を横切ったり、水路の上を歩いたりしなければなりません。合計で14回ほど角を曲がると、とつぜん目の前がひらけて、小学校の校舎が現れました。古びた白い壁が月明かりに照らされてぼんやり発光していました。外階段から二階にある五、六年生用の玄関に入ろうとしますが、空間の造形が下手な3Dモデルみたいで、前に進むことができませんでした。その時になって初めて、ここが私が小学一年生の時に取り壊されたはずの旧校舎であるということに気づきました。一年生用の玄関しか知らないから、中に入れないんだなあ。私は一階へ降り、一年生用の玄関から中へ入りました。

学校の中は、案外退屈なものでした。私が小学一年生だった頃は、かれこれ13年くらい前のことですから、記憶が抜け落ちたり、そもそも入ったことのない場所があったりして、あの五、六年生用の玄関のように立ち入れないところが多かったのです。つまらないな、なんて思いながらぼんやりした廊下を進んでいくと、大きな灰色のホールに出ました。他の場所と比べて景色がはっきりしていて、大窓にこびりついている砂埃まで見ることができました。そこはあの頃の私がよく遊んだホールなのでした。私は意味もなく、ホールを囲む大きな柱たちに沿って歩いてみました。大窓から入る冷たい月の光が、ホールを照らしています。空気中を揺蕩う埃が月の光線に射抜かれてチカチカ瞬くのがとても綺麗でした。

ふと、私は一本の柱の前で足を止めました。この柱、よく覚えがあります。ホールの入り口から16番目の柱です。昔、よくこの柱に耳をつけて音を聞いていたものです。柱に耳をくっつけると、建物の振動や、みんなの話し声、足音が大きく響いて聞こえるのです。期待していた懐かしい気持ちが溢れ出して、私は嬉しくなりました。ひんやりとした柱にそっと耳をつけてみます。しかし、あの頃の賑やかな反響は聞こえません。どんなに静かな場所でも空気のゴウゴウと鳴る音くらい聞こえるはずですが、全くの無音なのです。この場所は死んでしまっているんだ。さっきまでの嬉しさが萎んでいくのがわかりました。萎んだ嬉しさの分、身長まで低くなったように感じます。私は耳を離して、来た道を引き返しました。

ぼんやりした廊下の先の、ぼんやりした一年生用の玄関から外に出ると、たちまち玄関のガラス戸がぼんやりし始めて、もう中に戻れなくなってしまいました。帰り道は一本道です。私が自分の家に帰ることは、誰も阻止したりしません。車が一台も通らないので、わざと車道を歩くし、誰もいないから、昔好きだった歌をくちずさんでみます。少しして、自分が同じパートを繰り返し歌っていることに気がつきました。この歌詞の続きはなんだっけ、忘れてしまいました。